さて今年読んだ中華ミステリーの2冊目。正直私はこっちが断然好みだった。ハードボイルドな探偵なんてベタだけど、台北のバイクの排気が漂ってくるような文章がめちゃくちゃよかった。
話題をさらった台湾版ハードボイルド探偵
原題:私家偵探 PRIVATE EYES
著:紀蔚然
翻訳: 舩山 むつみ (翻訳)
2021年に発表されるとたちまち話題となり、世界各国で翻訳版も出版されたヒット作だ。作者は台湾の劇作家で、大学教授。小説としてはこれが処女作だそうだ。
同じ舞台上の登場人物が、実はもう一つの事件を動かしていたという展開がスリリング。記号を使った推理合戦や、変装した犯人を絞り込む捜査のクライマックスまで、劇作家ならではの視覚的な面白さを交えながら飽きさせず、けっこうな長編だけど最後まで一気に楽しめた。
主人公の呉誠はパニック障害を煩う劇作家だ。探偵になる前の経歴は作者とほぼ同じで、演劇界では知られた存在であり、大学で教鞭も執っていたが、「ある事件」をきっかけに仕事や人間関係を断ち切って、台北の隅で私立探偵の看板を掲げている。ハードボイルドミステリー好きにはたまらない設定ではないだろうか。
台北らしい“ある種のドタバタ感”が魅力
だが呉誠の深い孤独感は、情に厚いご近所さんやおせっかいなタクシー運転手には通用しない。鋭い分析や毒舌も善意と喧噪に中断され、温かい雰囲気に飲み込まれてしまう。作者の言葉を借りれば、シリアスな中にも“ある種のドタバタ感”があり、“陽”の底力みたいなものを感じさせてくれる。
ロサンゼルスがマーロウの孤独を受け入れても、台北は“ぼっち”の呉誠を放っておいてくれない。良くも悪くもそれが台北という街なのだ。私は7年住んでみて実感したし、そういう台北が好きだ。
続編が待ちきれず原語で読み始めたら、改めて翻訳のすばらしさがわかった。個々のキャラクターや文体のクセを日本語でしっかり浮かび上がらせてくれたからこそ、原語でも十分に雰囲気をつかんで読み進めていける。こんなに面白い小説を見つけてくれて、また素晴らしい日本語にしてくれた翻訳者さんに、尊敬と感謝の気持ちでいっぱいだ。
台湾という国に惹かれて何度も旅行したり、私みたいに住んじゃったりしている方は絶対読んだほうがいい。なぜ台湾が好きなのか、腑に落ちるかもしれませんよ。