中文熟考

中日翻訳者が綴る日々の記録

オシャレな中国ラブロマンス「めぐり逢いの予感」

急に秋めいてきました。寒くなってくると、ロングコートを着たオシャレな男女のラブロマンスを見たくなりませんか。中国にはスラリと長身の女優さんが多いですが、中でも個人的な推しは汤唯(タン・ウェイ)です。

台湾に住んでいた頃、「金馬奨」という中華圏の大きな映画祭を見に行ったのですが、レッドカーペットを歩いてきた汤唯の美しさには思わず息をのんでしまいました。

トニー・レオンと共演した「ラスト・コーション」のイメージが強く、細くて童顔で、なんだか子供みたいな女優さんだなと思っていたのですが、あれはデビュー作だったのですね。デビューから5年後に主演した「めぐり逢いの予感」ではすっかり垢抜けて、美しさと愛らしさが絶妙にブレンドされた美人に変身していました。私が台湾で目撃したのも、ちょうどこの頃です。

 

めぐり逢いの予感」(原題:北京遇上西雅图)

 

2021年に初めて字幕翻訳の講座を受けたときの題材がこの映画で、個人的にも思い入れのある作品です。当時は日本で公開されていなかったのですが、最近Netflixにアップされました。いつでも高画質でかわいい汤唯を見られるようになったのは嬉しい。

 

あらすじ

不倫相手の子供を身ごもり、出産するためアメリカのシアトルにやってきた文佳佳(ウェン・ジャージャー)は、助産施設への送迎係をしていたフランクと出会う。滞在するつもりだった施設が警察の取り締まりで使えなくなった佳佳は、やむなくフランクの紹介で台湾人オーナーの助産施設に身を置くが、高飛車な態度ばかりで同居人とのトラブルが絶えない。不慣れな彼女のため産婦人科へ同行するなど、何かと世話を焼いていたフランクは、徐々に彼女の素顔や悩みを知ることになり…。

 

感想など

ブコメの王道のように見えますが、中国で婚外子を出産する難しさや、ワケありの妊婦が滞在する助産施設の違法性、一人っ子政策なども透けて見えて、社会問題を上手に取り入れた深みのある内容になっています。なぜ佳佳がシアトルを選んだかというと、メグ・ライアントム・ハンクス主演の「めぐり逢えたら」という映画が好きだから。ロマンチックな恋を夢見つつ、辛い不倫を選んでしまった佳佳の純粋さを伝えるエピソードとして効果的に使われています。

 

実際にワケあって海外で出産しようとした妊婦が、親身に助けてもらううちに現地の男性と恋に落ちるというケースは少なくないそうで、本家「めぐり逢えたら」よりもリアリティのある、笑って泣けるラブロマンスになっています。て、雨天が多いことで有名なシアトルというロケーションも、本家よりうまく生かしていると感じました。眼鏡の奥から優しい瞳で佳佳を見守るフランクは大人の包容力を体現したようなキャラクターで、気弱なフランクが佳佳との出会いによって、諦めていた夢をまた追いかける展開にも無理がなく、胸が熱くなります。

 

それだけにフランクを演じた呉秀波(ウー・ショウポー)が女性問題で干されてしまったのは残念でなりません。やっぱりフランクなんて幻想よね…と思ってしまいました。絶望しかけた私にとって朗報だったのは、汤唯が結婚したキム・テヨン監督が、フランク系のイケオジだったことです。汤唯が韓国俳優のヒョンビンと共演した映画「レイト・オータム」の監督さんですが、眼鏡といい落ち着いた雰囲気といい、どこかフランクを思わせます。韓国で活動を始めてから、メイクや髪型が一段と洗練されて、さらに美しくなった汤唯。公開された挙式の写真も、まるで映画の続きのようですね…。

 

写真は「朝鮮日報」の記事からお借りしました

日本語タイトルに「シアトル」が入らない理由

「めぐり逢えたら」の原題は「Sleepless in Seattle」で、直訳すると「シアトルで眠れない(人)」という意味になります。頭文字の「S」でリズム感を出していて、意味よりも響きがキレイなタイトルです。邦題で「めぐり逢えたら」と思い切った意訳がされているのは、「めぐり逢えたら」にも元ネタというか、オマージュしている「an affair to remember (直訳:忘れられないある出来事)」という映画があり、この邦題が「めぐり逢い」だからなんだそうです。いずれも男女の運命的な出会いを描いた作品ですから、「めぐり逢い」という言葉をもう一度使っても、しっくり来るのですね。

 

中国語では「an affair to remember」を「金玉盟(宝石のように美しい約束)」、「Sleepless in Seattle」を「西雅圖夜未眠(シアトルの眠れない夜)」と訳していて、前作を踏襲していないことが分かります。作品によって内容を凝縮した言葉を選んだり、直訳に近い形にしたりと、各国の翻訳者さんや配給担当の方の工夫に頭が下がります。

こんな表現、日本語にない!と悩むばかりでなく、「めぐり逢い」のような美しい語彙を増やしていきたいと思うこの頃です。