中文熟考

中日翻訳者が綴る日々の記録

「台北プライベートアイ2」を読んで、淡水の夕日に思いを馳せる。

1年半前に面白すぎる台湾の探偵小説をレビューしたのだが、ついに続編の翻訳版が出る!ということで、いそいそと予約した。

前巻を読み終えたあと、世界観に後ろ髪を引かれて続編を読み始めたのだが、原語なので時間がかかり、導入部分で中断したまま、日々の仕事に追われてしまったのだ。というわけで、今回も翻訳者さまに感謝。

今回もミラーディメンションⒸドクターストレンジを思わせる装丁。
本編に「マルチバース」の比喩が出てきて、自分の中で勝手に伏線回収。

DV8 台北プライベートアイ2

原題:DV8:私家偵探2

著:紀蔚然

翻訳: 舩山 むつみ

文藝春秋

淡水に引っ越してロマンチック度アップ

ハードボイルド探偵、今度は淡水へお引っ越ししていた。淡水は台北市よりもさらに北側の新北市にあり、事件の舞台も台北市だけでなく、郊外へと広がっている。淡水は台北MRTで行けるとは思えないほど自然豊かで、ヨーロッパの各国に統治されていたかつての風情を残している異国情緒(台湾も異国なのだが)あふれる街だ。私も漁人嗎頭という埠頭でまったり夕日を眺めたことがあり、ロマンチックな風景を思い出した。

さて、久しぶりに再会した呉誠はというと、精神疾患を抱えてはいるものの、第一作の「六張犁殺人事件」のころよりも、心なしか人当たりが柔らかくなったようだ。たまたま入ったバーの店主エマと大人の恋に落ち、ますますハードボイルド探偵らしい魅力をまとってきた。やっぱり探偵はモテないとね。

やっぱり呉誠から目が離せない

事件の面白さもさることながら、続編はエマとの恋を含めた台湾らしい人間模様がとてもよかった。特に悲しい事件を乗り越えて生きる若者や、後悔を秘めて勇退した警察官へと注がれる呉誠の温かい眼差しにグッときた。ただ繊細で気難しいだけじゃない主人公の人柄が伝わるし、「人を信じたい」という呉誠の叫びが聞こえてくるようだ。

大胆なようで繊細、強気なようで臆病、つかみどころのない呉誠が次にどんな手を打つのか分からず、それが事件解決まで読者の目を釘付けにする、もうひとつの吸引力になっている。もちろん探偵らしい洞察力はあるのだが、決して超人的な推理力を発揮するのでなく、一歩一歩真相へ近づこうともがく姿にグイグイ引きつけられる。関係者の心に寄り添うあまり、時には勇み足を踏んだり、プレッシャーに押しつぶされそうになるなんて、なんとも人間らしくて「推せる」探偵ではないか。

 

あとがきを読み、紀蔚然さんが第3巻を執筆されていること(しかも翻訳者さんが冒頭に目を通している!)を知り、また呉誠に会えると思うと嬉しくてニヤニヤが止まらない。

今年の夏も台湾に行く予定なので、まずは淡水に住む友人にこの本をおすすめして、呉誠行きつけのカフェで語り合いたいと思っている。