中文熟考

中日翻訳者が綴る日々の記録

覇王別姫とレスリー・チャン


本日は香港映画で活躍した俳優レスリー・チャンの命日です。

あれから19年、来年は没後20年だなんて信じられないですね。

90年代後半のウォン・カーウァイ作品をはじめ、

当時は日本の若者もレスリーの憂いある瞳に釘付けになったものです。

ホテルからの投身自殺という最後は衝撃的でしたが、

残った作品の素晴らしさは変わらず、今見てもまったく色褪せません。

京劇関連の翻訳にあたり名作映画を見直す

今日はドキュメンタリー番組の字幕翻訳締め切り日で、

京劇俳優の生涯を訳していました。

日本でも有名な梅蘭芳と同世代の役者ですが、

代々京劇役者の梅家に生まれた梅蘭芳とは違い、実家が貧乏だったため、

幼いころに京劇学校に預けられたという経歴の持ち主でした。

それで思い出したのが映画「覇王別姫 さらば、わが愛」です。

子供を育てられない遊女の母が京劇学校に置き去りにした

主人公の京劇役者・程蝶衣をレスリー・チャンが演じたのでした。

30年を経て見直した映画「覇王別姫

公開当時から話題になっていて鑑賞したのですが、

恥ずかしながら京劇のことも近代中国史もよく知らなかったので、

あまり理解できていなかったように思います。

それでも報われずやり場のない思いに苦しむ程蝶衣を見て、

恋のせつなさに胸が苦しくなったのを覚えています。

今回もう一度見直して、改めてすごい映画だと感じました。

特に文化大革命について、その後の時代検証を知った後だと、

激動の10年が過ぎたラストシーンの重みがまるで違いました。

描かれた中国近代史と愛の普遍性

一番印象が違ったのは、コン・リー演じる遊女の菊仙が

アヘン中毒で苦しむ蝶衣を抱きかかえて「大丈夫よ」というシーン。

当時は気に留めなかったのですが、今見直してみると、

あの場面に菊仙の蝶衣に対する母性と共感と哀れみが入り混じった

複雑な感情が凝縮されていたんだな、と感動しました。

三角関係となって2人が取り合う段小楼が終始浅薄な印象なのは、

張豊毅の演技力のせいだと思っていたのですが

レッドクリフ曹操を見るとその可能性も否定できない)、

この映画はそれぞれの愛に生きた蝶衣と菊仙の物語だったのだなと

30年の時を経て腑に落ちたのでした。


映画「花の生涯 梅蘭芳」も鑑賞

翻訳の参考にと思い、「花の生涯 梅蘭芳」も鑑賞しました。

子役が素晴らしくて、京劇シーンも丁寧に描かれていたので、

人物伝としてはわかりやすかったと思うのですが、

人間ドラマとしての深み、映像美、もっと大きな何かが足りない…。

そうか、レスリーが足りないんだ…。

深い哀しみと狂気、人間の弱さを体現しながら、

それでも目が離せないほど魅力的で美しい。

レスリーの瞳から人気商売の儚さと虚しさが伝わるからこそ、

運命に翻弄される人間の物語として真に迫っていて、

あれほどの名作になったのだなと改めて感じました。

若い頃に心奪われたレスリーの代表作を、

また最初から見直していこうと思います。

ホンモノの役者は何度でも惚れ直させる。

歴史に残る京劇役者も、きっとそうだったのでしょうね。