中文熟考

中日翻訳者が綴る日々の記録

実話ベースの中国映画「薬の神じゃない!」

ライター仕事で京都に日帰り出張させてもらったので、帰りの新幹線で「薬の神じゃない!」を見ました。公開時から話題で大ヒットしたし、中国の知人にもオススメされていたのですが、実際に見てみて高評価に納得です。

 

「薬の神じゃない!」

あらすじ

主人公は怪しい薬屋の程勇(チョン・ヨン)。上海で強壮剤や大人のおもちゃを売っているけど、商売がうまくいかず、妻とも親権争い中。どん底の程勇はある日、慢性骨髄白血病を患う呂(リュー)という男から、「インドのジェネリック薬を密輸してほしい」という危険な商売を持ちかけられます。父親の手術代に困った程勇はお金のためにインドに渡って薬を購入し、呂とともに白血病患者に売り始めるのですが…。

 

感想など

コメディかと思いきや、社会の歪みをテーマにしたけっこう重い人間ドラマです。「ニセ薬の密売人」として警察に追われる程勇が、一方で白血病患者にとって「薬を安く売ってくれる神様」だったという皮肉。実話を基にしたこの映画をきっかけに、中国では「法律か人情か」という大論争が巻き起こったそうです。さらには高額医薬品による患者への負担が社会問題となり、映画公開後に薬品管理法の見直しも行われたというから、影響力の大きさがうかがえます。

 

モデルとなった人物は、ご本人が白血病患者で、密輸はあくまで自分の治療を目的にした行動でした。きちんとした紡績業経営者で、金のために密輸をしたわけではなく、同じ病気を患い、高額の薬が買えずに困っている人たちのために代理購入をするようになったそうです。いったんは薬品管理法の違反で罪に問われたものの、純粋に人助けのための行為であり、営利目的ではなかったことが認められ、最終的には不起訴になっています。

 

映画の前半と後半で程勇は別人になるのですが、前半部分が創作、後半部分がモデルに近い描写となっているんですね。映画では程勇と、密売に協力するメンバーとの人間関係が肝になっているので、実話を基にしたフィクションとして、それぞれの人生に思いを寄せるといいのかなと思いました。じゃないとちょっと辛くなります。正義というのは法律ではなく、自分の大切なものの側にあるのだと個人的にも実感しました。

 

タイトルについて考えたこと

さて、最後に翻訳に携わるものとして、「薬の神じゃない!」というタイトルについても考えました。原題は「我(私は)不是(~ではない)药神(薬の神)」なので、日本語タイトルはほぼ直訳なのですね。個人的にはこの「不是」にはさまざまなニュアンスが含まれると思っていて、今回の場合は「~なんかじゃない」という日本語に近いのではないかと感じました。

 

矢沢あいさんの「天使なんかじゃない」と同じニュアンスです。周りは自分を薬の神と呼ぶけれど、違うんだ、「薬の神なんかじゃない」という、「そう思ってくれるな」というニュアンスです。でも「なんか」を入れると長くなって、映画全体のリズムというか、程勇の突っ走っていく感じに合わないですよね。だから「~なんかじゃない」のニュアンスを「!」という記号一つで表現してしまっている。すごいなーと思いました。

 

「药神(薬の神)」しかり、漢字のみだからこそのワードの簡潔さと強さが中国語の魅力で、それを日本語に置き換えると、途端にまどろっこしくなることがままあり、中日翻訳者としてまだまだ修行が必要だ、と思うこの頃です。