中文熟考

中日翻訳者が綴る日々の記録

これだけは見ておきたい 中国ドラマ時代劇 その①

猛暑であまり外出できない夏は、アニメやドラマにハマりがちだ。

Amazonによると一昨年は野球アニメの「メジャー」をシーズン5までイッキ見して、

昨年はひたすら「孤独のグルメ」の実写版を見続けていたらしい。

この番組で紹介された中華街の「南粤美食」にはいつか行きたいと思いつつ、

いつも行列ができているので、結局同じ並びの「慶華飯店」に行ってしまう。

ここは義理の弟がエビワンタンのうまい店として教えてくれた。

麺類やスープが優しい味だし、地元の食堂っぽい店構えで、子連れにおすすめです。

さて、中国や台湾の作品は現代物が好きで、前にも紹介した「欢乐颂」のような

群像ドラマを好んで見ているのだが、意外に軽くて印象に残らない作品もあり、

なんだかんだ言ってどっぷりハマってしまったのは、時代劇だったりする。

ということで、何から見たらわからないという方のために、

大ブームを巻き起こした中国ドラマ時代劇の名作を3本紹介します。

やっぱり三国志は外せない

三国志 The three kingdoms

2010年/全95話

原題:三國/新三國

2022年8月現在、配信やテレビ局での放送はなし。

(一時期Amazonプライムで吹替版が配信されていたので、復活の可能性も)

DVD-BOX発売中。宅配のDVDレンタルを利用して、ハマったら購入をご検討ください。

中国版ビジュアルでは陈建斌の曹操がメインなのです

 ベタで恐縮だが、やはり「中国」「時代物」ときて三国志は外せない。中国で2010年に放送された「三国」という大河ドラマは、三国志を描いた作品の中でも比較的新しく、今も活躍中の俳優たちが群雄割拠の戦国時代を演じている。中華圏では「新三国」と呼ばれている作品だ。

 ストーリーは「三国志演義」に忠実なので面白いことは歴史が実証済みなのだが、序盤にイケメン呂布と美しい貂蝉の悲恋をしっかり描き、劉備関羽張飛が出会うまで飽きさせずに導入する脚本も見事。三顧の礼孔明が登場するシーンは、演じる陆毅がハマり役なこともあって、分かっていても興奮してしまう。ちなみにこの陆毅は、私が字幕翻訳学習の教材にした「初恋の思い出」でも主演していて、もともと憂いのある表情が得意なのだと思うが、眉間のシワが実に孔明らしくて頼りがいがある。飄々とした孔明に嫉妬心を燃やす周瑜も本作の見どころだろう。

 呂布を演じるピーター・ホーが殺されると、ビジュアル面は非常に地味になり、ほとんどおじさんしか出なくなる。殺戮とおじさんたちのいがみ合いが続くのはちょっと辛いのだが、孔明とともに画面をギュッと引き締めているのが、曹操を演じた陈建斌。俳優、監督として中華圏の映画賞を総ナメにしているスーパースターだ。

 曹操といえば冷酷で頭の切れる悪役として人気なので、ビジュアル的にもクールなイケメンに描かれることが多い。ずんぐりむっくりした体形で団子鼻の陈建斌は、そのイメージに合わない。ところがこの陈建斌は、最初ちょっとイメージと違うのに、いつのまにかピッタリ役にハマっているという不思議なカメレオン俳優なのだ。

陈建斌の曹操解釈がさすがの深さだった

 YouTubeで中国映画スターのインタビューをいろいろ探して見ていたら、「今日影评(今日の映画レビュー)」という番組に陈建斌が出演している動画があった。映画人が気になる映画人を読んでトークするという番組で、ホスト側は女優の周迅。こちらも演技派で、低い声とアンニュイな雰囲気は中国の桃井かおりといった感じ。トークも物憂げで、肩肘つきながら話しているのを見ると、どっちが先輩か分からない感じだ。

シノワなTシャツがオシャレ

 陈建斌が読書家で根っからの映画ファンであり、スタニスラフスキーの演劇論なども読んでいる知性派俳優だと分かった所で、話は「新三国」の曹操解釈に及ぶ(動画の9:22あたり)。曹操といえば冷淡な悪役だと思っていたが、学生時代に曹操の詩を読んだ時、そのイメージがガラリと変わったんだそうだ。

白骨露於野 白骨のさらされた荒野
千里無鷄鳴 千里の果てまで人気はなく
生民百遺一 生き残ったのは100人に1人
念之斷人腸 心が引き裂かれるような断腸の思いだ

 詩の翻訳というのは本当に難しい。情景はなんとなく浮かぶのだが、日本語に置き換えるのは至難の業だ。中国語というのは音の表現力が豊かだから、「千(qian)」「生(sheng)」「念(nian)」などは音を合わせてリズム感を出しているのだと思うが、翻訳ではその辺のリズムと情感が出ない。訳の善し悪しはともかく、ここで重要なのは戦争で大勢の人が死に、その光景にあの曹操が心を痛めているということだ。

 陈建斌は詩に触れて、曹操とは決して皆が語るような冷血な人間ではないと思うようになったそうだ。むしろ人間くさく、イキイキとした感情を持った人間だと。大切な人間が殺され、彼の中に憎しみが生まれた。もともと優しい心を持っていたからこそ、怒りや憎しみという負の感情が生まれて曹操という人物を作った。俳優がこういう解釈で曹操を演じていたからこそ、見ている方も感情移入できたのだな、と改めて思う。

 歴史ドラマには今の倫理観では理解できない残酷なシーンもあるが、だからこそ「こうならざるを得なかった」という人物描写がカギになる。このドラマは陈建斌を曹操にキャスティングできた時点で、一歩リードしていたんだなと思った。曹操という中国史上最も有名なヒールの人物像を見直せるという点だけでも、このドラマを見る価値はあると思います。