中文熟考

中日翻訳者が綴る日々の記録

チキンライスとケンタッキー

もう12月ですね。一番好きなクリスマスソングは?と聞かれたら、迷わず「チキンライス」と答える。あの歌詞、歌声、ダウンタウン信者としてはグッと来ないわけにはいかないでしょう。冬の出産を前にずっと聴いていたから、息子がこの時期にふと口ずさむだけで視界がぼやけてしまう、個人的な涙腺スイッチでもある。最近ではスキャンダルの印象が強いが、槇原敬之は天才には違いない。

スーパースターの代償

 スキャンダル、ミュージシャンといえばマイケルだ。2009年に亡くなった時に振り返り本がずいぶん出たのだが、日本を代表するマイケルマニア、西寺郷太氏がまとめた評伝はすばらしかった。著者のミュージシャンとしての音楽的知識が裏付けとなり、アーティストとしてのマイケル・ジャクソンの魅力がちゃんと伝わってくる。ジャクソン兄弟にも認められる西寺氏のリスペクトがぎっしり詰まった力作だ。

 誰もが釘付けになってしまうマイケルのパフォーマンスが、どれほどの努力とストイックな信念に支えられていたのか、この本を読むと何十回と見たスリラーのMVにも違った趣が出てくる。もともと内向的な性格、プライベートを見せたがらないプロ魂、そこにMVの斬新すぎる映像が加わり、マイケルの存在をどんどん謎めいたものにしてしまったという考察には心から納得できた。時代の寵児であり、被害者でもあったスーパースターの非凡さと苦悩がよくわかる。

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新しい「マイケル・ジャクソン」の教科書 西寺郷太 新潮社 1900円+税

証拠の出ない世紀のスキャンダル

 謎めいたイメージの弊害として最たるものが「児童性的虐待疑惑」なわけだが、この事件に関しては急逝後に刊行された講談社現代新書の「マイケル・ジャクソン」の方が詳しい。いずれにしても著者の西寺氏としては、100%無実という立場。証拠が出てこないんだから白、という主張は真っ当だ。少年をツアーに同行させたり、自宅に入り浸ったり、男の子と一緒にいるのが大好きだったというのは紛れもない事実だし、一般的には異様に見えることも否めないけれど、それとこれとは話が別だ。

 マイケル没後10年経って、この疑惑を蒸し返す番組が作られて話題になった。ネットフリックスで日本語字幕版が公開されたので、何をいまさらと思いながら野次馬根性で見てみた。が、やはり証拠といえるほどの証拠は出てこなかったし、証言も矛盾が多かった。被害者だと主張する元少年は「ネバーランドに秘密の小部屋があって、そこでイタズラされた」と言っていたけれど、何度も家宅捜索されて隈なく調べても何の痕跡も出なかったことは、ファンなら誰でも知っている。

マイケルとまっちゃんは似てる?

 話をダウンタウンに戻すと、伝説のラジオ番組「放送室」(2001-2009年/Tokyo-FM)で、何度かマイケルのことが話題になっていた。「ホントにそういう癖があったら、ネバーランドなんて作るかね」というまっちゃんの意見は、けっこう核心をついているように思う。総じてまっちゃんはマイケルに好意的だった。2000年代には奇抜な変人のイメージしかなかったマイケルに、あまりネガティブな発言をしなかったので、不思議に思って印象に残っている。「ホンマはめちゃめちゃええやつなんちゃう?」とも言っていた。

 評伝を読むと、2人にはけっこう共通点がある。工業地帯の貧しい家庭で育っていたり、子供の頃から身近にいた人たちと成り上がり、才能と努力でスーパースターとなった半生。きっとマイケルも小さい頃は、凹んだとこ凹んだ分音楽で満たすしかなかったんだと思う。

 「放送室」で話していた、元SMAPの中居くんから聞いたという「SMAP×SMAP」(1996-2016/フジテレビ)の裏話がいい。マイケルは同番組に出演する時、楽屋でケンタッキーばっかり食べていたらしい。億万長者になっても少年のように、ケンタッキーのバケツを抱えてコーラを飲んでいたというマイケルを思い浮かべると、笑えるし、泣けてくるではないか。「やっぱり僕はケンタッキーがいいや」というつぶやきが聞こえてくるようだ。

 2人の後半生がこうも違うのは、アメリカと日本という土壌の違いなのか、音楽と笑いというカルチャーの違いなのか、それともダウンタウンのブレーンや相方の浜ちゃんが偉大なのか。今年のクリスマスは、チキンライスとケンタッキーを食べて、考えてみようと思う。