中文熟考

中日翻訳者が綴る日々の記録

これだけは見ておきたい 中国ドラマ時代劇 その③

中国ドラマ時代劇についてはベスト3ということで、今回でいったん終了しようと思う。最後の1本は「琅琊榜 〜麒麟の才子、風雲起こす〜」と迷ったけど、中国時代劇の人気ジャンルであるファンタジー時代劇「陳情令」を紹介。ファンタジーは苦手なのだが、この作品を見て食わず嫌いはよくないと痛感した。クセの強い世界観やワイヤーアクション、独自用語の多さを差し引いても、人間ドラマとして、サスペンスとして、かなり楽しめた。先の2本は年齢層高めで、男性キャストはおじさんばかりだったが、時代劇は若手イケメンの登竜門でもあるのだ。

イケメンW主人公の絆が時を超えた謎を解く

陳情令

2019年/全50話

原題:陈情令(原作小説のタイトルは「魔道祖師」)

2022年8月現在、Amazonプライム、U-NEXTで字幕版を配信中。プライム会員なら無料で全話視聴できる。

U-NEXTでは原作小説「魔道祖師」のアニメ版も配信している。吹替版はWOWOWで放送中。DVD-BOXにはどちらも収録。

主演の2人はアイドル出身

 BL(ボーイズラブ)小説が原作のファンタジー時代劇というと、敬遠される方もおられるだろう。W主人公の2人を始め、出演者の年齢層も低い。だが中華圏で大ヒット、Amazonレビューも星4.5とあるからには、ただのアイドルドラマではないのだ。

 公式サイトのあらすじには一行目に「五大世家(藍氏、江氏、聶氏、温氏、金氏)が世の秩序を治める中…」とある。世界観を把握するまでは少しハードルが高いように感じるが、最初は「この世界には5大勢力があって、対立したり和睦したりしてるんだな」ということがわかれば十分だ。キャラクターたちは家ごとに同じテイストの服を着ていたり、おでこに印をつけていたりするので、ビジュアル的にわかりやすい。最初のとっつきにくさを越えればこっちのものだ。

人物描写と謎解きでぐいぐい引っ張る50話

 主人公は肖戦王一博というアイドル出身の2人。主題歌も2人で歌っている。ビジュアルでも黒と白の衣装で描かれているように、対照的なキャラクターだ。黒い衣装の魏無羨(肖戦)は自由奔放で多弁ゆえ、敵を作りやすいタイプ。白い衣装の藍忘機(王一博)は生真面目な優等生なのだが、こちらは無口ゆえに真意が伝わりにくい。対照的なのだが、は善良なのに誤解されやすいという共通点があり、2人だけの理解と絆につながっていく。原作のBL小説では恋愛関係として描かれていて、ラブシーンなどもあるそうだが、当局の規制が厳しいドラマでは、あくまで支え合う友情関係にとどまっている。恋愛というよりは、見えない絆でつながる兄弟のような関係だ(字幕では「知己」と表現されている)。互いの性格が災いし、仲良くなりそうでならない2人。このもどかしさ、前半のすれ違いが、後半の深い信頼関係へと裏返る展開が見事なのだ。

2人の距離が近づくほど、真相に近づくプロットがすごい

5大勢力の中で支配欲の強い横暴な家があるので、最初はその家を倒す勧善懲悪物かと思いきや、事態はどんどん複雑になっていき、誤解が誤解を生む状況の中、異端児の魏無羨が窮地に陥っていく。このあたりの巧妙なストーリー展開も見どころ。彼を信じて助けてやりたいが、その力と術を持たない藍忘機は無力感に打ちひしがれる。若さとは怖いもの知らずの暴走であり、大人に対抗できないやるせなさであり、失敗も挫折もかけがえのない宝なのだ。

 終盤はもどかしさが一気に解消される。ある事件をきっかけにすれ違ったままの2人が16年後に再会、協力して真相を追うという謎解き要素が加速。2人の絆が深まれば深まるほど、伏線が回収されていき、ラストまで怒涛の展開だ。完走すれば半沢直樹にも負けないカタルシスを得られる。

雄大な自然を行く「ちっぽけな存在」の尊さ

謎破れて山河あり

緊張感のあるストーリーで引き込みつつ、イケメン同士のじゃれ合いや、コミカルなシーンで緩急もしっかりつけられている。個人的には中国の雄大な自然をバックにしたシーンに癒された。見渡す限りの山河あり、蓮の花に囲まれた水の都あり。景観を遮る建物もなく、川や湖も澄んでいて涼やかだ。

 ロケ地の浙江省・百杖潭に人が殺到したというのもうなずける。もともと避暑地として人気のスポットだったそうで、山奥だから観光客が気軽に行ける場所ではないが、いつか行ってみたい。山あり谷ありというけれど、若者たちが人生の岐路に立つ時、いつも壮大な景色を背景にしている演出も良かった。

 中国のドラマ感想掲示板などでは、「見終わってもう一回見直した」「何度も見た」というコメントをよく見かける。見返すことで新たな伏線が見つかり、「そうだったのか!」という驚きがあるらしい。私も時間を見つけて再鑑賞したいと思っている。