中文熟考

中日翻訳者が綴る日々の記録

幸せはすぐそばに。喫茶「各駅停車」の旅

横浜方面から都内への通勤が続いている。

都内の私鉄や地下鉄への直通電車も増えて、

特急に乗れば小一時間で着く距離なのだが、この小一時間が退屈だ。

混みあった車内では文庫本を開くのも不便で、

最近はスマホを見るのにもすっかり飽きてしまった。

この時間に中国や台湾のドラマを見るなり、

中国語の単語を覚えるなりすればいいのだが、

梅雨で傘やらベタベタした人やらがすれ違い、どうも集中できない。

1時間早く家を出てみる

時間をずらせばあら不思議

子供が登校してから家を出るまで1時間ほど時間があるのだが、

これも家事をやるにも勉強するにも中途半端で、

身支度をしながらなんとなく片づけをしていると終わってしまう。

そこで思い切って1時間早く家を出て、各駅停車に乗ってみたら、

これが大正解だった。

飛ばせば1時間の距離も、各駅停車ならたっぷり2時間近くかかる。

都内に行く人たちは急いでいるから、各駅停車はガラガラで、

ゆったり座りながら動画を見たり本を読んだりできる。

いろいろ試してみたが、適度な揺れには本の方が合っている。

人の少ない車内、スマホで機嫌のいい音楽なんか流すと、

ビックリするほど集中できて、雑音も気にならない。

積ん読していた小説やエッセイもスイスイ読み終わり、

通勤時間のために図書館であれこれ本を選ぶ楽しみも増えた。

幸せってホント、近くにある

夕暮れ時の各駅停車もよいです

ほんのちょっと時間の使い方を変えただけで、

退屈な通勤時間が、楽しい読書タイムに変わったんである。

最近は水筒にコーヒーを淹れて、喫茶「各駅停車」でくつろぐ気分だ。

そういえば浅田真央ちゃんが、多忙な選手生活の中で、

「飛行機の中が一番くつろげる」と言っていたのを思い出した。

桂文枝師匠に至っては、新幹線が一番よく寝れるから、

自宅に新幹線シートを買ったという話をしていた気がする。

移動手段であるはずの乗り物の中には、なぜかリラックスが潜んでいるのだ。

なんか疲れが取れない、リフレッシュしたいという時は、

とりあえず乗り物に乗ってみるというのも、いいかもしれない。

知らない場所に着いてしまっても、それはそれで楽しいし。

喫茶「各駅停車」で読んだ台湾小説

冬将軍が来た夏 甘耀明(白水紀子訳 白水社

そんな各停ライフで読んだ小説の中で、ヒットだったのは意外にも台湾の小説だった。

住んでいた頃はあんまり読んだことなかったんだけど、知人が面白いと言っていたので、

例の如く図書館で借りて試しに読んでみたら、独特の世界観がすごくよかった。

社会的弱者である老婆たちの活躍は、まぁファンタジーなんだけど、

老いて虐げられても社会に立ち向かい、人を愛そうとする姿がよかった。

老いることも愛することも、怖がってちゃいけないね、という気になる。

タイトルの「冬将軍」とは、フランスの侵攻を妨げたロシアの“寒さ”の例えだ。

日本がモンゴルと高句麗に攻められた元寇の時に暴風雨が起きた「神風」と似ている。

この小説における冬将軍とは、“老人の意地”“女の意地”のようなものだと感じた。

これが男性作家の作品だというから、台湾文学は奥深い。

ところで作中、台中出身の主人公の母校野球部が強豪で、

アメリカ・ウィリアムズポートのリトルリーグで優勝した、

という描写があるんだけど、これって「台中金龍少年隊」のことかな。

あれって選抜チームだったと思うんだけどな、と突っ込みつつ、

やはり台湾は野球文化があって、生活の中に沁みこんでいていいな、と思った。